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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2169号 判決 1987年3月24日

原告 小宮山常子

右訴訟代理人弁護士 伊藤誠一

被告 藤原規宏

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 籏進

同 加藤倫子

同 中島俊吉

被告 長江広人

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 秋田光治

被告 株式会社 大亜

右代表者代表取締役 小林一至

主文

一  被告藤原規宏、同株式会社大亜は、各自、原告に対し、金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する被告藤原規宏については昭和六〇年九月二日より、被告株式会社大亜については同年一一月六日より、支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告杉田秀一、同長江広人、同長江雄二、同城戸由美子に対する請求、被告藤原規宏、同株式会社大亜に対するその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告藤原規宏、同株式会社大亜に生じた費用を合算し、その五分の二を同被告らの負担とし、その余の費用はすべて原告の負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

一  申立

1  原告

(一)  被告藤原規宏、同杉田秀一、同株式会社大亜は、各自、原告に対し、金五、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する、被告藤原規宏については昭和六〇年九月二日より、被告杉田秀一については同年七月二三日より、被告株式会社大亜については同年一一月六日より、支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告長江広人、同長江雄二、同城戸由美子は、原告に対し、各金一、六六六、六六六円及びこれに対する、被告長江広人については昭和六〇年七月二四日より、被告長江雄二、同城戸由美子については同年同月二五日より、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(四)  仮執行の宣言。

2  被告藤原規宏(以下、被告藤原という。)は、適式な呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

3  被告杉田秀一(以下、被告杉田という。)

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

4  被告長江広人、同長江雄二、同城戸由美子

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

5  被告株式会社大亜(以下、被告大亜という。)は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

二  主張

1  原告の請求原因

(一)  訴外有限会社豊栄(以下、訴外豊栄という。)は、別紙物件目録(一)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有していたが、昭和五二年三月三〇日、訴外積水ハウス株式会社(以下、訴外積水ハウスという。)に対し、訴外仲田隆子(以下、訴外仲田という。)が昭和五一年八月三〇日に締結した保証委託契約による求償債務を担保するため、本件建物につき債権額一〇、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権を設定し、昭和五二年六月二一日、その旨の抵当権設定登記を経由した。

(二)  訴外豊栄は、その役員である訴外仲田名義にて、昭和五三年四月一〇日、訴外長江房枝(以下、訴外房枝という。)に対し、本件建物のうち別紙物件目録(二)記載の店舗部分(以下、本件店舗という。)を期間一年間の定めにて賃貸し、その引渡をなした。

(三)  その後訴外豊栄は、訴外積水ハウスが申立てた当庁における前記抵当権に基づく不動産競売事件において、昭和五六年三月三〇日、本件建物につき競売開始決定を受け、同月三一日その旨の差押登記がなされたものであるが、同年五月、本件建物を訴外名星通商株式会社(以下、訴外名星通商という。)に本件建物を売り渡し、同年五月一二日その旨の所有権移転の登記手続をなした。

(四)  訴外房枝は、本件店舗において喫茶店を営業していたが、昭和五七年一一月二九日、原告に対し、本件店舗の前記賃借権、本件店舗内の什器備品、本件店舗における営業権を一括して、代金六、五〇〇、〇〇〇円で譲り渡し、同年一二月八日、訴外名星通商は、右賃借権の譲渡につき承諾をなした。

(五)  原告は、本件建物につき前記(一)の抵当権が設定され、前記(三)のとおりその競売開始決定により差押がなされていることを知らず、瑕疵のない本件店舗の賃借権を譲り受けたものと信じていたところ、昭和六〇年一月九日競売による売却により、訴外山崎金三郎(以下、訴外山崎という。)が本件建物の所有権を取得したため、同人に対し本件店舗の賃借権を対抗し得なくなり、同人より本件店舗の明渡請求をうけ、やむなく昭和六〇年五月七日、訴外山崎との間で即決和解をなし、保証金の内金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けて、同年一二月三一日かぎり本件店舗を明渡すこととなった。

(六)  原告は、右のとおり、瑕疵のない本件店舗の賃借権を取得できるものと信じ、代金六、五〇〇、〇〇〇円を支払ったものであるが、競落人に対抗できない賃借権であったため、右権利を失ったのであるから、右代金額から保証金返還分として回収することができる一、五〇〇、〇〇〇円を控除した金五、〇〇〇、〇〇〇円相当の損害を蒙った。

(七)  訴外房枝は、本件店舗の賃借権等を譲渡する際、原告に対し、右賃借権が前記(一)、(三)の事実により競落人に対抗できないことを説明しなかった。原告と訴外房枝との間の右権利譲渡の契約は、不動産仲介業者である被告大亜と創建こと被告杉田の仲介により成立したものであるが、被告大亜の右取引についての担当者である被告藤原と被告杉田は、右仲介に際し、原告に対し、同様に右の事実を説明しなかった。

(八)  訴外房枝は、右権利の譲渡人として、被告藤原、同杉田は、不動産取引仲介業者として、いずれも、取引の相手方である原告に対し、右事実を説明すべき義務があるのに、あえてこれをなさず、又は過失によりこれをなさず、原告に前項の損害を与えたのであるから、共同不法行為に基づき、各自、原告に対し、右損害金五、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償義務がある。

(九)  被告藤原は、被告大亜の従業員であり、右仲介を被告大亜の業務としてなしたのであるから、原告に対し、民法七一五条に基づき、右金五、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償義務がある。

(一〇)  訴外房枝は、昭和五八年一月二三日に死亡し、その子である被告長江広人、同長江雄二、同城戸由美子の三名が、相続により、右損害賠償義務を各三分の一の相続分に応じて分割した各金一、六六六、六六六円の債務承継をした。

よって原告は、被告藤原、同杉田、同大亜に対し、各自金五、〇〇〇、〇〇〇円、及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である、被告藤原については昭和六〇年九月二日より、被告杉田については同年七月二三日より、被告大亜については同年一一月六日より、支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告長江広人、同長江雄二、同城戸由美子に対し、各金一、六六六、六六六円、及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である、被告長江広人については昭和六〇年七月二四日より、被告長江雄二、同城戸由美子については同年同月二五日より、各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告杉田の請求原因事実に対する認否

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち、本件建物につき、原告主張のとおりの競売開始決定、差押登記がなされたこと、原告主張のとおり訴外名星通商に対する所有権移転の登記手続がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

訴外名星通商は、訴外豊栄より本件建物を買受ることとしたが、差押後であったため、その旨の登記をなしたものの、訴外豊栄又は訴外仲田の代理人として本件建物の賃貸借の管理をなすようになったにすぎない。

(三)  同(四)の事実のうち、訴外房枝と原告との間において、本件店舗における営業権を除き、原告主張のとおりの権利譲渡契約がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

訴外名星通商は、本件店舗賃借権譲渡につき、訴外豊栄又は訴外仲田の代理人として承諾をなしたにすぎない。

(四)  同(五)、(六)の事実は争う。

原告は、訴外山崎との間の合意解約により、本件店舗の賃借権を消滅させたものである。抵当権設定後の賃貸借といえども、三年を経過すれば当然に終了するものではなく、現に原告は、明渡時まで本件店舗を適法に使用収益した。

(五)  同(七)の事実は否認する。

被告杉田は、原告に対し、本件建物の差押、競売の事実は説明をなし、原告はこれを承知のうえ、訴外房枝が一一、五〇〇、〇〇〇円で取得した本件店舗の賃借権等を、安価な六、五〇〇、〇〇〇円で買い受けたものである。

(六)  同(八)の事実は否認する。

3  被告長江広人、同長江雄二、同城戸由美子の請求原因事実に対する認否

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち、本件建物につき、原告主張のとおりの競売開始決定、差押登記がなされたこと、原告主張のとおり訴外名星通商に対する所有権移転の登記手続がなされていることは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同(四)の事実のうち、訴外房枝と原告との間において、原告主張のとおりの権利譲渡契約が締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同(五)、(六)の事実は争う。

原告は、訴外山崎との間の合意解約により、本件店舗の賃借権を消滅させたものである。また原告は、訴外房枝より権利を譲り受けた後三年以上本件店舗を使用収益し、譲り受け対価に匹敵する利益をあげているので、損害の発生はない。

(五)  同(七)の事実は否認する。

訴外房枝の代理人訴外長江利夫(以下、訴外利夫という。)は、原告に対し、本件契約締結の日に差押の事実を説明しているし、その以前の交渉の段階でも仲介人である被告杉田らにそのことを説明した。原告は、右事実を知ったうえ、訴外房枝が一一、五〇〇、〇〇〇円で取得した本件店舗の権利を、安価な六、五〇〇、〇〇〇円で取得したものである。

(六)  同(八)の事実は否認する。

(七)  同(一〇)の事実のうち、原告主張のとおり訴外房枝が死亡し、被告らが相続したことは認めるが、その余の事実は争う。

三  《証拠関係省略》

理由

一  まず、原告と被告藤原との関係において判断する。

1  被告藤原は、原告主張の請求原因事実を明らかに争わないので、これをすべて自白したものとみなされる。

2  右事実によると、訴外房枝は、昭和五三年四月一〇日に、訴外豊栄より期間一年間の定めにて本件店舗を賃借し、その引渡を受けたものであるから、一年後の昭和五四年四月一〇日には期間満了すべきところ、右時期に更新拒絶されることなく賃貸借が継続したので、借家法二条により契約は法定更新され、以後同一条件にて期間の定めのない賃貸借として存続したものである。しかるところ、訴外豊栄が設定した右賃貸借は、訴外積水ハウスに対する抵当権設定の登記後に成立したものではあるが、更新前は勿論、更新後も民法三九五条にいう短期賃貸借として右抵当権者に対抗することができるものであり、訴外積水ハウスの申立により競売開始決定がなされ、差押の効力が生じても、これによってただちに賃貸借が終了したり、あるいは抵当権者ないし競売による競落人に対抗しえなくなるものではない。したがって、訴外房枝が、右差押後の昭和五七年一一月二九日に、その時の本件建物の所有者訴外名星通商の承諾を得て、原告に本件店舗の賃借権を譲渡する契約をなしたとき、右契約の目的たる本件店舗の賃借権が存在しなかったというわけではない。しかしながら、原告が譲り受けた本件店舗の賃借権は、借家法の適用を受けるとは言え、短期賃貸借である性質を超えない範囲のみにおいて存続しうるものであり、特に、抵当権者が抵当権の実行に着手し、差押の効果が発生した後は、賃貸人から解約の申入を受けたときは、借家法にいう解約申入の正当事由の解釈について民法三九五条の趣旨に鑑み相当程度緩和して判定されることになる(最判昭和三九・六・一九参照)のであるから、競売開始決定により差押の効力が生じた後は、賃借人の地位が著るしく弱化することは明らかである。そうであれば、抵当権設定登記後に成立した賃借権を対価を支払って譲り受ける者にとっては、差押の有無については重大な関心をもたざるを得ず、その反面として、かかる賃借権の譲渡契約の成立を仲介する不動産取引業者は、目的不動産につき差押の有無についての調査を尽し、右差押があるときは、右仲介に際し、その事実を告知すべき注意義務があると言わなければならない。特に本件の場合、訴外房枝が原告に本件店舗の賃借権を譲渡するにあたり、訴外積水ハウスの申立にかかる競売開始決定後に本件建物の所有権を取得した訴外名星通商がこれに承諾をなすものであり、右承諾は抵当権者、競落人に対抗し得ないものとなるのであるから、一層のこと、右差押の事実を説明すべき注意義務があることは明らかである。

3  しかるところ、被告藤原は、原告に対し、訴外房枝の本件店舗賃借権を原告に譲渡する契約を仲介するにあたり、訴外積水ハウスの申立にかかる競売開始決定による差押の事実について説明しなかったのであるから、少くとも過失があり、不法行為に基づき、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

4  ところで原告は、本件店舗の賃借権等の権利を代金六、五〇〇、〇〇〇円で譲り受けたが、競落人である訴外山崎から明渡請求を受け、解約申入についての正当事由を否認することが困難であることと賃借権譲渡について承諾があると主張し難いことと合せ、右明渡の要求に応じざるを得なかったというのであるから、当初の期待に反し、相当額の損害を蒙ったことは容易に認められる。原告は、右損害額について、右賃借権を取得した対価である六、五〇〇、〇〇〇円から保証金返還分として回収が見込まれた一、五〇〇、〇〇〇円を控除した金五、〇〇〇、〇〇〇円であるというが、原告が借家法の適用のある期間の定めのない賃借権を取得したというものの、右差押の事実は、本件建物の登記簿を閲覧すること等の調査により自らこれを知り得るのであり、また、抵当権設定登記後に成立した賃借権であれば、抵当権の実行によりその地位が危うくなるものであることは当然予期しなければならず、かつ、原告は、昭和五七年一一月に本件店舗の賃借権を譲り受けたのち明渡をなした昭和六〇年一二月三一日まで三年余に亘り本件店舗の使用収益をなしたのであるから、原告に発生した損害額は、前記1の事実によるとしても、過失相殺の趣旨をも考え合せ、金二、〇〇〇、〇〇〇円にとどまるものと認定するのが相当である。

5  そうであれば、被告藤原は、原告に対し、右損害金二、〇〇〇、〇〇〇円の賠償義務を負う。

二  次に、原告とその余の被告らとの関係において判断する。

1  原告と被告杉田、同長江広人、同長江雄二、同城戸由美子との間においては、

(一)  請求原因(一)、(二)の事実については当事者間に争いがない。また、請求原因(三)の事実も、訴外豊栄が訴外名星通商に本件建物を売り渡したとの点を除き、当事者間に争いがない。請求原因(四)の事実も、訴外名星通商が本件店舗賃借権の譲渡につき承諾をなしたとの点を除き、当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、訴外豊栄は、昭和五六年五月上旬頃、本件建物を訴外名星通商に売り渡し、昭和五六年五月一二日その旨の所有権移転の登記手続をなし、以後、訴外名星通商が本件建物を所有、管理してきたもので、訴外房枝と原告との本件店舗賃借権の譲渡についても、昭和五七年一二月八日これを承諾したものであることが認められる。

《証拠判断省略》

(三)  したがって、請求原因(一)ないし(四)の各事実は、いずれも明らかな事実である。

2  原告と被告大亜との間においても、《証拠省略》によれば、請求原因(一)ないし(四)の各事実を認めることができる。

3  原告は、訴外房枝、被告杉田、被告藤原は、前示差押の事実を原告に説明しなかった旨主張するので、まず、この点について判断する。

(一)  前示1、2の事実と、《証拠省略》によれば、訴外房枝は、昭和五三年四月一〇日、訴外豊栄から本件店舗を賃借するにあたり、従前の賃借人訴外宮谷猛より代金一一、五〇〇、〇〇〇円で本件店舗の賃借権を譲り受けていたものであったが、昭和五七年一一月、病に倒れて本件店舗での喫茶店営業を続けることができなくなり、夫である訴外利夫を代理人として本件店舗の賃借権を、什器備品、営業権とともに売却することとし、不動産取引仲介業者である訴外杉田に対し、右売却についての仲介を依頼したこと、その際訴外利夫は、本件建物が差押中であるが売れるものなら売って欲しい旨、又、売却価格は一〇、〇〇〇、〇〇〇円を希望する旨申し伝えたこと、これに対し被告杉田は、普通なら一三、〇〇〇、〇〇〇円であってもいいが差押があれば一〇、〇〇〇、〇〇〇円でもおかしくないと、右仲介依頼を承諾したが、他の不動産業者へ打診したところ、差押があればもう少し安くしなければいけないと言われ、訴外利夫とも話合って七、五〇〇、〇〇〇円の価格で売りに出すことにしたこと、被告杉田は、原告より店舗賃借権の買受仲介を依頼されていた不動産取引仲介業者被告藤原にも差押の事実を伝え、右価格での買受方のあっせんを依頼したところ、原告において六、五〇〇、〇〇〇円で買い受ける気持があるとの返事を得、あらためて訴外利夫と相談し、訴外房枝において売却を急ぐ事情にあったこと、差押がある以上価格が下げられてもやむを得ないこと、の事情から、これを原告側の希望価格で売却することにしたこと、昭和五八年一一月二九日、訴外房枝の代理人訴外利夫と被告杉田、原告と被告藤原は、右賃借権等の譲渡契約を締結するため面談し、本件契約書に署名捺印して本件契約を成立させたものであるが、その際、訴外利夫と被告杉田は、原告に対し、本件建物が差押中であることも説明したこと、以上の各事実が認められる。

(二)  《証拠判断省略》

(三)  他に、前示(一)の認定を左右すべき証拠はない。

4  そうであれば、訴外房枝(その代理人であった訴外利夫)、被告杉田は、原告との本件契約の締結にあたり、その事前に原告側の仲介人被告藤原に対し、また契約時にも原告に対し、本件建物が差押中であることは告げていたことが認められるので、その余の点を判断するまでもなく、右両名について原告主張の不法行為が成立する余地はない。

5  もっとも、そうであっても、右認定事実と《証拠省略》によれば、被告藤原は、被告杉田から本件建物の差押について説明を受けながら、競落まで事態が進展することはないだろうとの期待や、仮に競売がなされても訴外名星通商において競落し、賃借人にめいわくをかけることはないだろうとの観測からか、原告に対し、差押の事実があることはもとより、差押により原告が取得する賃借権が法的にどのような影響を受けるかについて、何ら説明をしなかったことは、容易に推認することができる。その結果、原告は、本件契約時に被告杉田、訴外利夫らから差押についての話があっても、その意義を理解できなかったものと思われる。そうであれば、被告藤原には、原告のために、取引の目的である賃借権の内容として、不動産取引仲介業者として当然知りうる本件建物の差押の事実とその結果生じる右賃借権への影響について、説明を怠った過失が認められる。このことについて、原告が契約時に相手方から差押の事実のみ指摘を受けたとしても、被告藤原の過失の成立を左右するものではない。

6  そうであれば、被告藤原は、右過失により原告が蒙った損害を賠償すべき義務があるが、その損害額については、前示一、4のとおり、金二、〇〇〇、〇〇〇円であると認めることができる。そして、《証拠省略》により、被告藤原は、被告大亜の従業員であり、右仲介を被告大亜の業務として行ったことが認められるので、被告大亜は、被告藤原の右不法行為につき、民法七一五条の使用者責任を負う。

三  以上のとおりであるから、被告藤原、被告大亜は、各自、原告に対し、右損害金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である被告藤原については昭和六〇年九月二日より、被告大亜については同年一一月六日より、支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告の被告藤原、同大亜に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容し、その余の被告らに対する本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司)

〈以下省略〉

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